研究の概要

【医学専攻,医科学専攻:専任】
[Division of Medicine (Doctoral Course), Division of Medical Science (Master's Course)]

法医学

教授 塚 正彦
助教 阿松 翔

法医学は、医学及び医療と多彩な社会環境の接点で生じる学際的諸問題を幅広く考察し、社会の安全と福祉の増進、そして法律の運用に必要な医学的事項全般(法医病理学、法医中毒学、法医遺伝学、医事法制など)を対象として、医学系教育及び社会の実情に即した研究を行っている。とりわけ種々の法医解剖の実践を通した異状死体の死因究明(司法、行政及び死因・身元調査法解剖)と、それに基づく死因論への取り組みに重点を置いている。具体的一例として、講座内の研究に加え、他の大学及び機関教育を兼ねて、河川等淡水域と日本海における溺死事例の死因解析を北陸エリアで行っている。石川県を中心に司法及び関係捜査機関の活動を積極的に支える一方で、ドメスティックバイオレンス(DV)特に児童虐待(CA)の防止のための金沢モデルの構築を試みている。医師会、地方検察庁の司法修習生、警察学校専科、消防学校及び海上保安部職員に対する講義を通じて、法医学的知識の普及に努めている。

  1. 法医解剖と検査を通じて、犯罪や予期せぬ急死例など、いわゆる異状死体の死因に関して、客観的かつ詳細な検討を行っている。
  2. 血管内膜の粥状硬化及び脳脊髄液の生化学的変化について、その機序を実験的に検討し、実際の法医鑑定への応用を試みている。
  3. 刑事事件例や医療事故例などの係争事案に対する法医学鑑定を実施している。
  4. 外傷サーベイランスに資する皮下血腫の定量評価の研究を進めている。
  5. 中枢神経における小胞体ストレスをターゲットとした研究を行っている。
  6. ボツリヌス毒素複合体を構成するヘマグルチニンの生理活性についての解析を行っている。

Department of Forensic Medicine

Professor ZUKA, Masahiko
Assistant Professor AMATSU, Sho

Forensic medicine is a specialty that focus on the areas located between medicine/medical practice and diverse social issues including promotion of the safety and welfare of society and assistance with the fair administration of the law. This involves using the full spectrum of knowledge in this field including forensic pathology, forensic toxicology, forensic genetics, and medical jurisprudence, in addition to participating in the education of university medical and law students, and undertaking a variety of research projects in our own department and in collaboration with other institutions. These include topics as wide-ranging as elucidation and analysis of cause of death in abnormal and suspicious cases of drowning in the rivers and Japan Sea over Hokuriku region. A more specific focus is active support of the activity of court and related investigative organizations in Ishikawa prefecture, establishing how to evaluate subcutaneous hematoma as a marker of domestic violence (DV) for the Kanazawa preventive model against child abuse (CA). We also endeavor to actively spread knowledge and recognition of the roles of forensic medicine among the local medical societies, law interns, police, coast guard, fire department and others by means of lectures.

  1. The performance of medico-legal autopsies and other special examinations in criminal and unexpected acute death cases
  2. Forensic pathological investigations of the mechanisms, underlying atherosclerotic changes occurring in the vascular intima as well as biochemical changes in the cerebrospinal fluid, and the application of the obtained result to actual forensic cases
  3. Fulfilling the role of medico-legal expert witness in complicated criminal cases, medical malpractice cases, and others.
  4. Evaluation of subcutaneous hematomas in trauma surveillance
  5. Research on ER stress in the central nervous system in rat models
  6. Analysis of the bioactivities of hemagglutinin composing the complex of botulinum toxin as a neurotoxic protein

教育の概要

教育

医学博士課程

研究分野開設科目として, 法・社会環境医学特論(12単位)では, 法的及び社会環境と現代の医学・医療のかかわりを考察するため, 死因決定や異状死体の抱える法的問題を中心に, 刑事法や医事法等の関連領域の内容にも触れながら, 法医学の視点から具体例を通じて検討している。また, 法医病理学(4単位)では損傷論を中心におき, 損傷の成傷機転, 損傷の受傷後経過時間, 損傷と死因との因果関係について具体例とともに指導している。その他, ヒト試料からの遺伝的多型検出法について検討する法医遺伝・鑑識学(4単位)や, 同じくヒト試料からの中毒物質の検出と死因との因果関係を考察する法医中毒学(4単位)についても, 具体的事例を通じて教育を行っている。さらに, こうした基礎的な教育の上に立って各自の研究課題を選択し, 指導教官とともに研究成績を十分に吟味,検討し,学会発表や欧文論文の形で積極的に公表することにより,国際的に通用する人材を育成している。

医学類

法医及び医療は科学であると同時に,健康という基本的人権を実現するための社会的行為に他ならない。そのため,医師としての責任を果たすために必要な法医学見識と思考法の涵養を目指している。すなわち,2年後期後半から3年生にかけて, 具体的事例についての示説を含めて,検死や死因判断の実際, 並びに異状死体についての正しい理解を中心テーマにおいて, 損傷, 窒息, 中毒, 個人識別及び物体検査等の法医学の各領野について, 十分な総合的理解が得られるよう努めている。また,医師の果たすべき社会的義務についても,医師法を中心として, 医療事故等にも触れながら法医学の立場から講じている。さらに実習や演習を通じて, 正しい死亡診断書や死体検案書を作成する能力が身につくよう, 工夫して教育をおこなっている。

法務研究科及び法学部・法学類

各々の選択科目として,法医学の集中講義を行っている(塚)。

法務研究科での授業

授業の主題

医学及び医療は科学であると同時に、健康という基本的人権を実現するための社会的行為である。したがって、すべての医行為における医と法の間に存在する無数の接点について、医学及び法医学の基本的事項から、法医解剖による死因決定や生体検査、あるいは親子鑑定や書類鑑定など、実務上における具体的事例に至るまで、理論に片寄らず、実際に即して講義を進めていく。また、事例研究では受講者と講師が問題点を討議し、それぞれ法及び医の立場から、学際的交流がもたらす教育効果をあげるように努める。

授業の目標・学生の学習目標

法医学の基礎的重要知識を習得することにより、法治国家における法の正しい運用に資する法医学の役割を熟知し、将来、必要に応じて具体的なアプローチを行いうることを到達目標とする。法医学の概念、歴史的発展、現代社会における機能、活動について学ぶのはもちろん、死体検案、法医解剖の実際等についても具体的鑑定例を通じ、法学と医学の学際的領域についての具体的な分析、総合能力をつける。 法医学及び関連する医学の基礎的知識と考え方を理解、習得する。さらに具体例を通じて、将来の法曹家や法律を扱う職業人としての立場から、関係する可能性のある分野に対する理解を深め、今後の進路選択に資することを目標とする。

授業の概要

1:法医学序論

医と法の無数の接点で生まれる学際的問題を扱う法医学の概念や歴史に触れ、現代社会における法医学の活動、特に、死体検査(検死、法医解剖)や生体検査の鑑定例を示し、理解を深める。

2:人の死の判定と死因

基本的人権に関与する法学及び医学の双方にとって、人の生死の判断は最重要事項といえる。この回では伝統的な‘三徴候説’に加え、‘脳死’の判定も紹介する。また、外的侵襲に対する生体の反応である、‘生活反応’の意義について講義する。

3:死体現象

前回に講義した、臨床的死の直後から人の身体に出現する‘死体現象’を解説し、死の‘確徴’としての重要性を示す。また、死体現象が持つ犯罪捜査上の意義についても概説する。

4:損傷論(1-総論)

死因の判定にあたって、損傷についての考察は不可欠である。損傷は、人体正常組織の生理的連絡の離断であるが、損傷についての検査法や、その分類を概説し、実務における重要性を鑑定例を示しながら解説する。

5:損傷論(2-各論)

損傷は、鋭器損傷、鈍器損傷、銃器損傷に大別される。この回では各々の損傷の代表例をスライドで提示し、特徴や鑑別点を講義する。その後、損傷に起因する人の死因の代表的なものを解説する。

6:窒息論(1-総論)

法医学的に窒息とは、空気を吸入し肺胞において血液との間のガス交換が行われるまでの過程のどこかで障害が起こる事である。典型的な窒息の機序や分類を概説し、他殺、自殺あるいは事故の原因としての意義を示す。

7:窒息論(2-各論)

我が国において頻度の高い窒息、すなわち頚部圧迫(縊頸、絞頸、扼頸)及び溺死の鑑定例をスライドで提示し、各々における死因判定上の重要事項、特に、生活反応の意義に留意して講義する。

8:異常環境下における死

この回では、高温や高熱の生体への直接作用によって生じる‘熱傷’、低温環境下での‘凍傷’や‘凍死’示し、続いて、高温、有毒ガス及び酸素欠乏の三要素が複合的に生体に作用した、‘焼死’の概念について概説する。

9:法医中毒学

我が国における中毒の発生状況と法的規制を示す。続いて中毒を立証するための一連の分析方法や分析体制を解説し、鑑定事例を提示する。さらに、現代社会で大きな問題となっている‘薬物乱用’について触れる。

10:胎児・嬰児・児童及び性に関する法医学

ここでは「小さな命」と性犯罪の問題を法医学的に考える。「人の始まり」は難しい問題であるが、討論を通じて考えを深めたい。具体的には、堕胎や嬰児殺、児童虐待、さらに犯法的性行為について講義する。

11:血液型

約100年前のABO式血液型の発見の経緯を歴史的に紹介し、今日まで発見されている多種の血液型の医学的(輸血や移植など)、及び親子鑑定や犯罪捜査等の実務上の重要性を具体的に解説する。

12:個人識別及び物体検査

個人識別とは、生体や死体について、その身元を特定することである。現在行われている、代表的な個人識別法を鑑定例を基に紹介し、法医学や犯罪捜査上の意義を示す。

13:親子鑑定

血液型やDNA検査に基づく親子鑑定の具体的事例を提示して、その実際について理解を深めると同時に、「体外受精」や「代理母」などの生殖技術の進歩と、これからの親子のあり方について一緒に考えたい。

14:法医学における内因性急死の意義

内因死とは外因死に対する概念であり、簡単に言えば、病死のことである。我が国の死因統計上、これら両者の鑑別は重要であり、さらに犯罪捜査上や保険の保障などでも正確な死因決定は重要になる。

15:医事紛争:法医学実務の観点から

講師自身の鑑定例を基に、医事紛争の現状を紹介する。続いて、医事紛争の背景にある現代の医療問題、とりわけ、医療側と患者側の不信感をいかに解消していくか、討論を含めながら考えたい。なお、成績評価は、概ね、各回の小テストの総合点5割、出席3割、講義・討論に対する意欲への評価2割で、これらを総合して評価する。

資料集

地域・社会貢献

当教室が行っている代表的地域・社会貢献

  1. 法医解剖(司法及び行政解剖など、年間約100件)を通じて、安全な社会の実現に寄与している。
    1) 司法解剖:犯罪性が疑われるか、否定できない異状死体について、死因や死亡状況について明らかにする目的で実施される。
    2) 行政・調査法解剖:主に死因を明らかにすることを目的として実施される。
  2. 石川県及び金沢市の医師会からの要請に基づいて、実際の検死にあたる警察医・警察協力医の検死技能や知識の、さらなる向上に協力している。
  3. 県の警察学校や消防学校での講義、あるいは海上保安官及び司法修習生に対する講義を通じて、司法及び行政関係者の法医学的知識・教養の習得に協力している。
  4. その他、医療機関や医学系教育機関からの依頼に応じて、講演や講義を行っている。

表彰

  1. 平成31年1月31日
    名古屋高等検察庁より、塚の鑑定医としての貢献に対する感謝状(検事長 林 眞琴)